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OUR MASTER : 佐々木 隆子
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Vol.878 映画とテレビの関係
 天野先生が楽しく紹介してくれる映画の世界。日本の映画産業は1950年代に黄金期を迎え、ピーク時の動員数は年間11億人、全国に7,400以上の映画館があったそうです。どのくらいの数かというと、全国のマクドナルド(3,065店舗)とダイソー(2,900店舗)とTSUTAYA(1,440店舗)を合わせたのと同じくらいです。すごい数ですね!しかし、そんな映画産業もテレビの台頭により1960年代に急速に斜陽の一途を辿り、各映画会社の看板スターや人気俳優たちは活動の場をテレビに移していきました。
 各映画会社は斜陽時代を乗り切るためにテレビ会社に出資したり、テレビの制作事業や芸能プロダクションを立ち上げました。天野先生のせいで倒産してしまった大映の一部もテレビの制作会社を立ち上げ、大袈裟な演出の“大映ドラマ”で知られる大映テレビとして生き残りました。ちなみに天野先生のご両親がドップリはまっていらっしゃる韓流ブームのきっかけともなった韓流ドラマを手掛けた方たちの多くは、大映ドラマを観て育った世代だそうです。韓国では現在でも日本のドラマの放送は規制されており、1980年代の大映ドラマなど観れなかったはずですが、観たい人は海賊版でも何でも貪欲に観るもんなんです。自分と同年代の韓国人の知り合いも「赤いシリーズはよく観たよ」と言っていました。大映ドラマのあの大袈裟な演出と、“アジアのラテン”とも言われる韓国の熱い気質がビタッ!と合致して韓流ドラマが誕生し、日本に“里帰り”。大映ドラマを観ていた人たちにとっては、軽い演出の最近の日本のドラマよりも、ノスタルジーすら感じる韓流ドラマに共感したとしてもおかしくありません。
 話が逸れました。さて仕事が激減した映画人たち。自分自身が生き残るためにも多くの人が活動の場をテレビに移していきましたが、「これからはテレビの時代」と考えているテレビ業界人と、そのテレビを見下していたプライド高き映画人がはたして現場で上手く折り合えたのでしょうか。そもそも映画とテレビでは画面のアスペクト比(縦横比)が異なるので演出もカメラワークも全然違うし、シナリオだってスポンサーの意向に沿って書かなくてはなりません。現在TOKYOMX2で放送されている「怪奇大作戦」でその辺りの苦労が見え隠れして興味深いです。同番組は1968年から69年にかけて毎週日曜の19時からTBS系で放送された円谷プロ制作の特撮テレビドラマです。当時の日曜夜7時なんてゴールデン中のゴールデンタイムですから、制作現場には局からもスポンサーからもさぞや大きな期待が掛かっていたことでしょう。その期待に応えるべく、脚本も演出もカメラもチビッ子の視聴者目線なんてそっちのけの力の入れようで、ある意味笑えます。スッキリ明快な話もあれば、子供はおろか大人でも理解できないような複雑怪奇な話もあって、そういう話のエンドロールには映画出身の監督の名前がチラホラと。また、田村奈巳さんや牧紀子さんを始め、雰囲気のある映画出身の女優さんが出演されたりと、テレビドラマの黎明期を見ているようで興味が尽きません。
 さて、それから半世紀弱が経った現在、映画とテレビの関係は面白い展開を見せています。映画とテレビの連係、いわゆるメディアミックスです。テレビでヒットしたドラマのスペシャル版として映画を制作し、これをテレビで大々的に宣伝してヒットさせる、という手法です。これが功を奏し、長い間洋画に頼っていた映画産業は2006年以降、邦画のシェアが勝っているそうです。かつて映画を斜陽に追いやったテレビが、現在は邦画ヒットの原動力になっているというのも皮肉と言えば皮肉です。ただ、朝の情報番組から映画の宣伝宣伝で、主役の方が寝起きのような顔で「○○○、ぜひご覧ください」と言わされているのを見るのにうんざりしてから、朝はNHKを見ています。占いもなくて安心です。どうでもいいですね。

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赤いシリーズ(1974〜80年)はTBSと大映テレビの共同制作で10作品が制作された。
三浦友和氏と山口百恵さんが初共演した「赤い疑惑」(1975年)はシリーズ第2弾
「怪奇大作戦」は岸田森氏、勝呂誉氏を始め、特撮ドラマに欠かせない小林昭二氏が出演。全26話が放送された
東宝出身の田村奈己さんは第8話「光る通り魔」に出演
松竹出身の牧紀子さんは第18話「死者がささやく」に出演

Y's取材班




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