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Vol.1398 もうすぐ生誕100年ウィリアム・ホールデン〜ハリウッド映画の大スター
 ハリウッド映画黄金時代の大スターのひとり、ウィリアム・ホールデンが生誕100年を迎えます。
 笑顔がチャーミングなビルには『慕情』という恋愛映画の名作があります。父によると、公開当時日本の若い映画ファンが多数つめかけたとか。独りで劇場に出掛けた父は、「右を向いても左を向いてもアベックだらけでビックリした!」と、テレビで『慕情』を観ていた小学生の私に説明してくれました。
 片やイケメン好きの母は、額縁にニコリと笑っているビルの白黒写真を入れて家に飾っていたそうです。子供の頃、私がその額縁を叔母の最初の結婚式の写真集と共に発見して以来、今でも実家に飾られています。その裏側には宝塚時代の有馬稲子さんの写真がありましたっけ。
 私がビルの名前を覚えて間もなく、テレビで放送された『アイ・ラブ・ルーシー』というコメディ番組にビルがゲスト出演したのです。レストランで食事をするルーシーの近くに憧れの大スター、ビルが座ります。何度もジロジロ見られて嫌気が差したビルが「こっちも同じ事をしてこらしめてやろう!」と逆にルーシーをジロジロ。
 そんな爆笑の内容でしたが、やはり笑顔が一番魅力的でしたね。もう一度観たいエピソードであります。

 すみません!
 これではウィリアム・ホールデンがどんなスターなのか?皆様には全く分かりませんね。もとい。
 21歳でバーバラ・スタンウィック主演の『ゴールデン・ボーイ』で颯爽と映画デビューしたビルですが、同じ世代のハリウッドのスター同様、貴重な20代が第二次世界大戦の兵役とぶつかります。退役後はパラマウント映画のパッとしない2枚目スターとして過ごします。
 転機は32歳の時。送られてきた台本を開くと、遺体安置所の死体から始まる。しかもジゴロみたいな役柄。ほとんどのハリウッド・スターが断ってきたこの役ですが、ビルだけは有りがたく受けました。これが映画史上の名作ビリー・ワイルダー監督の『サンセット大通り』で、一気に大スターの仲間入りをしたビル。
 脚本も書くワイルダー監督から「なあビル、もう1本出てくれないか?」と新作のオファー。女優が一人も出ない収容所の話なので嫌だったビルだけども仕方なく出演した『第十七捕虜収容所』で、まさかのアカデミー主演男優賞を受賞してしまいました。
 これ以降1950年代は、
オードリー・ヘプバーン
ハンフリー・ボガート
ジンジャー・ロジャース
ビング・クロスビー
グレース・ケリー
ジョン・ウエイン

 ビルと同じくアカデミー賞を受賞した大スター達と競演しました。
 また、ビルはビリー・ワイルダーをはじめ名監督と縁があり、今ではビッグなクリント・イーストウッド監督の初期の作品にも主演しています。

 1970年代後半、デビュー作で共演したバーバラ・スタンウィックと共にアカデミー賞受賞式で元気な姿を見せていましたが、それから少しして亡くなりました。
 Y'sコラムVol.612613でもウィリアム・ホールデンを取り上げてますので、ぜひご覧になって下さいね。

天野 俊哉


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