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Vol.910 企画展「手塚・石ノ森 ヒーローズ」に行ってきました
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横浜市中区の放送ライブラリーで開催された企画展「TEZUKA ISHInoMORI HEROES 手塚・石ノ森 ヒーローズ」に行ってきました。
漫画家、手塚治虫氏と石ノ森章太郎氏。この二人について今さら説明するまでもありませんが、二人の出会いについてちょっとだけ(以下敬略)。
宮城で「天才」と呼ばれていた石ノ森章太郎は、手塚治虫の長編「新寶島」に衝撃を受け、手塚の大ファンになります。
石ノ森が高2の春に「漫画少年」に投稿した作品が手塚の目に留まったことがきっかけで高卒後上京し、「鉄腕アトム」のアシスタントを務めることになります。
超多忙の手塚の代行として東映動画の制作現場に派遣された石ノ森は、真摯な仕事ぶりと抜群のアイデアが評価され「サイボーグ009」が映画化されます。これがきっかけで後の東映特撮番組、我らが「仮面ライダー」が誕生することになります。つまり!二人の出会いがあったからこそ、仮面ライダーが生まれたのです。手塚先生、ありがとう!
さて、きりがないのでこれくらいにして。会場の入口ではアトムが、上階に進むと今度はレオがお出迎え。その隣ではブロンズのライダー1号が「遅いぜ!フランソワは着替えて出掛けてしまったぜ」とでも言いたげにベンチで腕と脚を組み、隣に003=フランソワーズ・アルヌールのウィッグとユニフォームが飾られていました。
さて、クイズシートを片手に会場を進むと、直筆原稿、絵コンテ、設定資料、セル画、台本などなど、貴重な資料が「これでもか!」と展示されていて大興奮!クイズはもちろん満点!ご褒美に特製シールをもらいました。
上映会場で「人造人間キカイダー」第1話と最終話を満喫し、展示会場を後にしました。
漫画家になりたかった自分にとって、これまで放送ライブラリーで観た企画展で一番の見応えでした。
日本初のアニメ「鉄腕アトム」は世界のSF映画に多大な影響をもたらしました。「ジャングル大帝」は(ディズニーは認めていませんが)「ライオン・キング」としてリメイクされ、ミュージカルとしてもロングランヒットしました。5歳から宝塚市で暮らし、お母さんに連れられて観劇した宝塚歌劇をモデルに「リボンの騎士」を描きました。連載当時小学生だった、「ベルサイユのばら」の生みの親である池田理代子さんも、もしかしたら「リボンの騎士」を読んでいたかもしれません。その「ベルサイユのばら」が宝塚で舞台化されたのも、何かの縁を感じずにはいられません。
「仮面ライダー」と「秘密戦隊ゴレンジャー」から始まったスーパー戦隊シリーズは、若手俳優の登竜門として現在でも新シリーズが制作され続けています。
作品について書くときりがないのでこの辺で。
手塚治虫は1989年、石ノ森章太郎は1998年、奇しくも共に60歳でこの世を去りましたが、コンピュータソフトで原稿を描くのが主流の現在、二人の入魂の手描き作品とその世界観は、これからもますます輝きを増し続けてゆくことでしょう。
神様手塚と天才石ノ森に感謝。
Y's取材班
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