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OUR MASTER : 佐々木 隆子
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Vol.73 「バレエ・リュス」はこんなに魅力的でした
【アリシア・マルコワの言葉に反省】
12月に公開された「バレエ・リュス」は、いろいろな見方をする事が出来る作品でした。予告篇では、見所の様に扱われていた元団員たちの同窓会はわりと軽くて、80歳を過ぎた皆さんが今でも自らが踊って指導をしている姿に、もうびっくりしてしまいました。 私が楽しみにしていたアーカイブ・フィルムは、その半数がカラーである事に驚きました。多くの元団員たちが語る二人の偉大な振付師、レオニード・マシーンとジョージ・バランシンのエピソードは、タップ関係の私にもとても勉強になりました。
ハリウッドで活躍した方々のフィルムもたくさん出てきました。タマラ・トゥマノワはMGMでジーン・ケリーとデュエット(「舞踏への招待」)した方なので良く知っていましたが、「夜も昼も」や深夜映画で観た「Escape Me Never」の男性バレリーナがジョージ・リゾッチだったり、ジェームズ・キャグニーの「真夏の夜の夢」の妖精の女王がニニ・テイラードだったり、新しい発見がいっぱいでした。 中でも一番ぶっ飛んだのはマーク・プラットです。「アメリカ人のあなたがなぜ?」。彼は一時期コロンビア映画でリタ・ヘイワースの「今宵よ永遠に」「Down to Earth」などに出演していた人です。私にとって大収穫でした。
映画の最後で、もう亡くなってしまったアリシア・マルコワの「お金なんてどうでも良かった。これが踊れるなら。あの人と仕事が出来るなら。それが財産だった。」という言葉。隆子先生がいた頃の私達も同じでした。純粋だった頃の自分を想い出し、反省させられました。

【バランシンのハリウッド珍道中】
「バレエ・リュス」の中心人物であり、のちにNYCバレエ団を設立したジョージ・バランシンがハリウッドで仕事をしたエピソードは意外と知られていません。1937年ゴールドウィン・スタジオが企画したミュージカル大作「ゴールドウィン・フォリーズ」の振付担当となったバランシンは同じく音楽担当となったジョージ・ガーシュインとともに名作を生み出すはずでした。 しかし、まず2つの新曲を書いたガーシュインが若くして亡くなりました。更に、プロデューサーのゴールドウィンは、バランシンの仕事にことごとく口を出し、彼が振付をした新作バレエをバッサリとカットしてしまいました。これが何と「パリのアメリカ人」で、14年後にジーン・ケリーが振付をしてアカデミー賞を取ったあの企画のオリジナルはバランシンだったのです。
最終的に残された作品はいかにもハリウッド的な底抜け超大作で、バランシンの才能が生かされたとは思えません。失意のバランシンでしたが、主演女優バレリーナのヴェラ・ゾリーナと結婚してさっさとハリウッドを逃げ出してしまいました。

天野 俊哉





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