TAP DANCE LOGO
INSTRUCTORS
STUDIO : 戸塚スタジオ
NETWORK
SCHEDULE
EVENTS
COLUMNS
DANCE TEAMS
LINKS
OUR MASTER : 佐々木 隆子
COLUMNS

Vol.58 バブル時代のバブリーなイベント
最近、「バブルへGO ! ! 」という映画が公開され話題になりました。バブル期、新人インストラクターであった私達は、隆子先生の元に舞い込んでくる山のような企業イベントをこなすべく、稽古に明け暮れていました。今、思い出すと、金余り時代らしく「これにタップが必要だったのか?」と思える贅沢なイベントが多かったようです。
横浜のみなとみらいに、帆の形をした新しいホテル・インター・コンチネンタルがオープンしたての頃、「オープン記念パーティーでタップを」との依頼。日程は、隆子先生のリサイタル終了後2 or 3日あけての水曜日の夜。前代未聞、段取りの悪い女性担当者が私達のスタジオにやってきたのが悪夢の始まり。そう、リサイタルの稽古中でした。
企画書のレイアウトは、パーティー会場なのに何やら階段?階段?階段?階段が10段以上あるホテルの超ゴージャスなロビーらしい。しかもそれを使って踊れと言う。リサイタルに命を懸けていた隆子先生は、「天野君に任せるから ! ! 」
さっそく、橋爪調査員を呼び、現地調査を依頼。「ホテルだからおシャレしていかないとね」しっかりドレスアップして写真を撮ってきてくれました。誰に頼んだのか、本人も写真に収まっていました。とってもバブリーなムードいっぱい。
4曲15分で、18名のダンサーが必要となったこのイベント。18名分の衣裳が揃わないことが発覚。例の女性担当者は悩んだあげく「どうしましょう」と一言。仕方なくリサイタルでレンタルする衣裳を勝手に使い回しすることに。
さて、リハーサルも含めて平日に何日も束縛されるため、NGのダンサーが続出。中学生をはじめ生徒を混ぜて、とりあえず人数を確保。次に稽古場所・時間が全く無い。階段を使った稽古が当日だけでは危険なので、リサイタル公演中のヤクルトホールに全員そろって(つまり半分はリサイタル出演中)ヤクルトホールの長い階段を使って振付をしました。みんな若かったから出来たのでしょうね。
さて、当日、それまでのゴタゴタが嘘のようにうまく事が運びました。皆は、サンバチームの人たちと同じ広い楽屋を使い楽しんでいました。横浜きっての最新ホテルということで、芸能人のお客様も多いパーティーでした。
イベント終了後、いつまでたってもギャラが振り込まれず、イヤな予感が。その女性担当者の小さな制作会社が倒産したのです。
マネージャーとして参加した私は、当日の楽屋風景から本番に至るまでをビデオカメラに収めており、今ではタップをやめてしまった当時の出演者達(淺野・橋爪以外は皆引退)にも観せることがあります。
私を含めて、イベントでこれだけのスケールのものは他に経験がなくお金にはなりませんでしたが、とても楽しい思い出となっています。
そう、バブル末期1991年秋のお話でした。

天野 俊哉





Copyright 2005 Y's Tap Dance Party. All rights reserved.