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OUR MASTER : 佐々木 隆子
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Vol.428 9/7応援コラム〜歌舞伎座でタップダンスショー?
 このタイトルでかなり驚かれる方、多いのではないでしょうか?でもホントにあった事なのですよ。
 それには少々説明が必要になります。
 話は、私がまだ学生だった1982年春にさかのぼります。
 浅草にあった国際劇場が閉鎖になり、SKDこと松竹歌劇団のホームグラウンドが無くなりました。
 その年の夏から、SKDは銀座にある歌舞伎座で1ヶ月興行を行う様になりました。ちなみに、歌舞伎を新橋演舞場で、藤山寛美率いる松竹新喜劇を浅草公会堂でと劇場をスライドして松竹の三大興行のバランスを取っておりました。
 そして、翌1983年の夏にも再び歌舞伎座でSKD公演が行われたのですが、その1ヶ月興行のたった3日間だけ、確か1部の和物ショーと2部の洋物ショーの間に30分のタップダンスショーが上演されました。
 それは、松竹と強いパイプを持つ中川三郎先生企画による中川裕季子先生のリサイタルでした。裕季子先生とお弟子さんを中心に、BMCの一流ダンサーズであったギャラクシーとクイーンズそして佐々木隆子先生が賛助出演しました。
 ただし先生は、三郎先生からいただいた中川冨佐の名前での出演でした。
 タイトルは「ジャギーナイト」演出振付は山田卓先生でした。隆子先生はたくさんの女性ダンサーズを従え“42nd Street”を踊りました。先生はたった1曲の出演が物足りないと私にこぼしてましたが、センターに立った先生は輝いておりました。
 千秋楽のフィナーレで、そんな先生を元気づけようと片手に収まってしまいそうな小さな花束を客席から手渡しました。先生のファンは多かったので胡蝶蘭や真っ赤なバラなど高価な花束がわんさときていました。
 その日、私達弟子は先生がタクシーに乗り走り去るまでお見送りをしたのですが、ビックリしたのは最後まで私の贈った小さな花束を持ち続けていてくれた事でした。うれしかったですね。
 3日間だけ上演されたとても素晴らしい、そしてもう1度観たいタップダンスショーなのですが、このショーの映像は残っていません。天下の歌舞伎座でタップダンスショーが行われたという歴史的瞬間が資料として残されなかった事は先生の弟子と言うこと以上に、日本人としてとても残念です。

天野 俊哉




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