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OUR MASTER : 佐々木 隆子
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Vol.35 3人の偉大なる黒人アーティスト
日本に住んでいたジャズ・ピアニスト
名サックス・プレーヤー、レスター・ヤングによって「サー」の称号をつけられたジャズ・ピアニスト、サー・チャールズ・トンプソンは、ディキシーランドだけでなく、チャーリー・パーカーやマイルス・デイビスとも演奏してしまうすごい人です。 日本人の奥さんを持ち、かつては日本にも住んでいました。
今から10年ほど前に、日本のライブハウスでもよく演奏していました。 私が演奏を聴きに行った時、お盆だったせいか2〜3人のお客さんしかおらずチャールズさん少し元気がない様子。 しかもリクエストカードに「慕情」とあるのを聞いてさすがにショックをかくせなかった。 私がリクエストしたジャズのナンバーを気持ち良さそうに演奏してくれたあとその日持っていったチャールズさんのCDを見せると、とても喜んでくれてサインをしてもらいました。
その後奥さんとアメリカにもどられたという記事を読みました。 あの晩の事を思うたび、それで良かったのだと。 私にとっては、3ステージもピアノの真横でじっくりその演奏を聴かせてもらえた事はとても価値のある事でした。
写真上 : 若き日のサー・チャールズ・トンプソン(1945年)
写真下 : サー・チャールズ・トンプソンのサイン(1995年)

伝説のタップダンサー テディ・ヘイル
モダン・ジャズ界のカリスマ、34歳の若さで死んだテナーサックス奏者ウォーデル・グレイ。
1955年5月25日ラスベガス郊外の友人宅でヘロイン・パーティーを行い、転倒して首の骨を折り死亡。 家の中に死体があったらまずかろうと、近くの野原に運んだ人物こそタップダンス界のカリスマ、テディ・ヘイルだった。
テディの偉大さは、グレゴリー・ハインズが今から20年前にアポロ・シアターのTVスペシャルで<テディ・ヘイルに捧げるタップ>を5分間踏んでいることからも十分想像がつく。 テディはいったん殺人容疑で逮捕されたものの、結局死体遺棄で3ヶ月の実刑判決を受けただけだった。
テディ・ヘイルの映像は残念ながら見たことがありませんが、CDでそのタップサウンドを聴くことができます。 伝説的なチャーリー・パーカーのアルトに合わせ、ロジャーズ&ハートの“Lover”を踊っています。 パーカーやグレイと親しかったのだから、テディ・ヘイルもはやり変人だったのでしょうね。

偉大なるタップダンサー グレゴリー・ハインズ
私がタップダンスのインストラクターになった頃、タップと言えばグレゴリー・ハインズでした。
リチャード・ギア共演の「コットン・クラブ」、ミハエル・バリシニコフ共演の「ホワイト・ナイツ」、そして「TAP」が続々と公開され、グレゴリー・ハインズも来日してコンサートを行ったものです。 サンシャイン劇場でのコンサートでは、阿部久志氏がステージ上で、グレゴリー・ハインズとアドリブで踊った事がありました。
最近、これらの映画がDVDで発売されました。私は「ホワイト・ナイツ」がとても好きです。 グレゴリー・ハインズがロシアの古びた劇場で、「ポギーとベス」の有名なナンバーを歌い踊るシーンで伝説のタップ・ダンサーであるジョン・W・バブルズのスタイルを再現しています。 もうひとつ彼が、自分の身の上話をタップをからめて語るシーンがとても渋くて味があります。
グレゴリー・ハインズは、セヴィアン・グローバーが出てくるまでは、がむしゃらに踊る事もなくあくまでも自分のスタイルを守り、大人の色気を見せていた様な気がします。 映画「TAP」あたりが、グレゴリー・ハインズのターニング・ポイントになってしまったと私は思います。
写真上 :  「ホワイト・ナイツ」でグレゴリー・ハインズが劇中演
 じたジョン・W・バブルズ本人(左)
写真中 :  「TAP」のもっとも印象的なシーン
写真下 :  NYローズランド・ボールルームに飾ってあるグレゴ
 リー・ハインズのタップ・シューズ

天野 俊哉





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