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Vol.1906 もうすぐ生誕100年ジョーン・レスリー〜ハリウッド映画のアイドルスターB
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第2次世界大戦中ワーナー映画の大スターだったジョーン・レスリーがもうすぐ生誕100年を迎えます。ジェームズ・キャグニー主演の超大作『ヤンキー・ドゥードル・ダンディ』の大ヒットで若干17歳で大スターに登りつめたジョーンですが、専属契約下の女優ゆえ再びアイダ・ルピノ主演のプログラム・ピクチャーに戻ります。ちなみにプログラム・ピクチャーとは、映画館の上映スケジュールを埋めるために量産される映画のことで、“内容が貧しいB級映画”という意味ではありませんので念のため。
『虚栄の花』(1942)
ハリウッド映画ではBランク位のヴィンセント・シャーマンが監督をした『虚栄の花』はどこからどう見てもジョーン・レスリー売り出しの為の作品。私は40年近く前にテレビの洋画劇場で観たきりですが、運良くミュージカル・ナンバーだけをビデオにダビングしてありましたのでチェックしてみました。ジョーンがジャック・カースン扮するヴォードビリアンとコンビを組んで旅回りをするミュージカル・ナンバーが古めかしい雰囲気で楽しめます。使われている音楽は1930年代ワーナー映画のヒット曲ばかり。やがてジョーンひとりでブロードウェイに進出、沢山のコーラスを従えて歌い踊るナンバー“ユース・マスト・ハブ・イッツ・フリング”はルロイ・プリンツ振付のプロダクション・ナンバーですが、せっかく白い素敵なロングドレスを着たジョーンに前転アクロバットばかりをやらせるのは少々悪趣味だと思いました。どんなお話だったのかあまり覚えていないので是非もう1度観てみたい作品であります。
『青空に踊る』(1943/RKO映画)
1943年当時どこの映画会社にも属さずフリーの立場で映画出演をしていたフレッド・アステアがハリウッドの小さな映画会社RKO映画でミュージカル映画を撮る事になり、相手役に指名したのがジョーンでした。ワーナー映画から貸し出されたのです。フレッド・アステアにはハーメス・パンという専属の振付師がおりましたが20世紀FOXとの契約で不在の為フレッド・アステア自身が振付を担当しました。
今回初めて日本語字幕入りで全編観たのですがフレッドとジョーンの2人がほぼ出ずっぱりでした。ジョーンが演じる雑誌社の女性カメラマン役もそれまでになくピッタリの役柄でした。フレッドも気軽に演じていて酒場でグラスを割りながらタップを踏むタップ・ナンバーも、テーブルの上で踊らされるスネーク・ダンスもお見事!
さて、ダンス経験があってもフレッド・アステアのダンス・パートナーとなると全くの別問題、ジョーンにとっては試練だったはずです。“アイヴ・ガット・ア・カモン・ウィズ・ユー”の現代的で若々しいタップ・ダンスのデュエットはフレッドがジョーンの魅力を最大限に引き出した名ナンバーだと思います。歌の中でジョーンの「キャグニーはどこかしら?」、フレッドの「(リタ)ヘイワースはどこかな?」とそれぞれが共演したばかりの相手役の名前が出て来るのも嬉しい。実は、2人がタップを踏み出す時の振りですが、その頃私が創っていた“メイム”の振付(最初の6小節)にパクらせて頂きました!ニュアンスは違いますが間違いなくここからです。過去に1度でも“メイム”を踊らされた方は早速YouTubeで振りをチェックしてみて下さいね。
もうひとつ、ジョーンが黒いドレスでタキシード姿のフレッドと踊る“マイ・シャイニング・アワー”のダンス・デュエットではいつになくジョーンが苦労しているようでした。目線が落ちてます。日本のフレッド・アステアこと白川希さんにこのナンバーの事を尋ねると「素人同然のパートナーにあれだけ教え込んだフレッド・アステアは大変だったはずです」と厳しい見解をされてました。ニューヨーク・タイムズの映画評論家ボスリー・クラウザーはそれまでフレッド・アステア贔屓でしたが、この作品における彼の衣裳の安っぽさを思い切り叩いてました。そういえばフレッドが黒燕尾服で踊らなかったのも初めてでしたね。
映画のラストシーンで敵地に向かって飛び立つ戦闘機を見送るジョーンのクローズ・アップが魅力的です。もしかしたらこの場面の為にジョーンがキャスティングされたのかも知れません。
つづく
天野 俊哉
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