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OUR MASTER : 佐々木 隆子
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Vol.1627 ジャニー喜多川氏追悼
 昨年の夏頃、ジャニーズOBの田原俊彦さんについての研究書とも言える凄い本『田原俊彦論』(青弓社)が発売されました。作者は岡野誠氏という1978年生まれのフリーライターの方、つまり1980年代に活躍した田原さんをリアルタイムで見ていない!まあ、私らだってフレッド・アステアやジーン・ケリーをリアルタイムでは見てないので全く同じことではありますが、そのリサーチ力にはただただ脱帽でした。

 洋楽のヒット曲“New York City Nights”の日本版作詞を田原さんのデビュー曲用に依頼された当時22歳の若手作詞家小林美和子氏へのインタビュー。テレビ『3年B組金八先生』の映像で田原さんのさみしげな表情を見て哀愁を感じたので、曲名には“哀愁”が良いなと。
 やがて『哀愁デイズ』という失恋ソングを書き上げジャニー喜多川氏に提出。
 サビの部分は“BYE-BYE 哀愁デイズ”にしていたら「哀愁でいと、にしない?カタカナじゃなくて平仮名がいいね。軽さがでるから」とジャニー氏。
 たしかに『デイズ』よりも『でいと』の方が音として跳ねているし、エッジも効いている。ジャニー氏が「すごい感性の持ち主だと思った!」と小林氏。
 レコーディング直前まで決まらなかったのが、サビの前の歌詞“○○○○○ないほうがましさ”の5文字。車のなかで小林氏とスタッフの雑談を黙って聞いていたジャニー氏が突然「それ〜」と叫んで、会話の中に出てきた“やさしさも”を歌詞にピタリとはめたそうです。

 これはほんの一部ですが「やっぱりジャニーさんて凄いなぁ〜」と感心してしまいました。また、デビュー当時田原さんのバックで踊っていた4人組ダンサーも、彼らの飛び込みオーディションで合格させジャニー氏によって《ジャPAニーズ》と名付けられたそうです。しかも最初はフォーリーブスのバックダンサーだったのが、川崎麻世さんのバックダンサーになり、最後に田原さんのバックダンサーになった流れがあったとは驚きました。興味のあるかたは是非読んでみて下さいね。

 そして今年の春頃、書店で1冊の本を手に取りました。
 『異能の男ジャニー喜多川』(徳間書店)
 作者の小菅宏氏とジャニー喜多川氏は半世紀以上の付き合いがあるそうで、筋金入りの本だと思い、直ぐに購入しました。最初はジャニー氏の御用作家の書いた感動的な生前自叙伝なのかな?とも思いましたが、30年前に日本の芸能・マスコミ界を激震させたジャニー氏の同性愛スキャンダルや近年のSMAP解散問題の経緯にも目をつぶらずなのでリアリティに満ちた本だと確信して一気に読みました。

 私が特に興味深かったのが半世紀以上変わらないジャニー氏の舞台への思いとジャニー氏がYOUと呼ぶ男の子たちへの強い愛情でした。舞台ではジャニーズのスターのバックに鍛えられたプロのダンサーを使おうとするメリー喜多川氏に対して、ジャニー氏は「僕は僕の好きな子(自分の事務所の子)以外は使わない!」と言い切って半世紀もの間やってきたそうです。テレビで生前のジャニーさんのエピソードを語るなかで、失敗を責めず逆にフォローしてくれた事を挙げる現役ジャニーズの子たちが多かった様です。
 メリー喜多川氏と娘のジュリー氏の元で今後もジャニーズ事務所は会社として成長を続けて行くはずですが、ひとつひとつが合理的になってゆき、根本的な何かが消えて行ってしまうのだな、と思いました。

 『異能の男ジャニー喜多川』はジャニー喜多川氏の真実について書かれた最初で最後の本だと思います。
 テレビでは語られる事の無かったジャニー氏とジャニーズ事務所に興味のある方にはオススメします。
 ジャニー喜多川氏のご冥福をお祈りいたします。

天野 俊哉



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