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Vol.1575 もうすぐ生誕99年三船敏郎さん〜世界のミフネと呼ばれた男
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三船敏郎さんは戦後の1947年以降の日本映画界を代表する映画俳優さんで、ハリウッド映画をはじめ海外の映画界にも進出して《世界のミフネ》と呼ばれるようになった方です。三船さんほどの有名人ゆえ、キチンと生誕100年に合わせれば良いのにとは思いましたが、最近三船さんの評伝を読んだ事から「今でしょ!」のタイミングでご登場頂く事に。
美男美女が沢山いた昔の映画界に、個性の固まりという雰囲気で俳優デビューしたのが三船さん。当時まだまだ新人だった谷口千吉監督が『銀嶺の果て』に、黒澤明監督が『酔いどれ天使』等自分の作品に三船さんを積極的に起用したわけですね。昨年初めて黒澤監督と三船さんの代表作『七人の侍』を観ましたが確かに凄かった!ハリウッド映画が真似をした『荒野の七人』が間抜けに思えるほどでした!
もちろん黒澤監督作品が多い三船さんですが、基本は東宝映画の専属俳優ですから、どうでも良い、詰まらない作品にも沢山主演しております。宝塚歌劇団を退団したばかりの有馬稲子さん主演の『ひまわり娘』とか、久慈あさみさん主演の『天下泰平』みたいな普通のドラマに、です。普通に背広を着て、普通に会社の椅子に座った三船さんは普通にダンディなおじさまでした。ただ、三船さんが登場すると場面が引き締まり、重みが感じられるのでした。どんな役柄であっても全身全霊で取り組む姿勢は感心してしまいます。
1960年代以降日本映画界が傾いてくると海外の映画に出演したり、自分のプロダクションを設立したりしました。私は小学生の頃、この三船プロダクションが製作したテレビ時代劇『大忠臣蔵』を毎週欠かさず観ており、半世紀近く経った今でも三船さん=大石内蔵助のイメージが頭から離れないのです。評伝によると、もし三船プロダクションを設立せず俳優として生涯活動していたらもっと充実した俳優人生がおくれたはず、と書かれています。とにかく義理と人情に厚くて会社人間になれなかったのが会社経営の失敗につながったそうです。なるほど、素晴らしい。私はこういう人が大好きであります。三船さんが出演したテレビCMに「男は黙ってサッポロビール」というのがありましたが、どんな苦境にあってもそんな風に貫き通したそうです。
評伝の最後の方になると三船さんの女性問題の記述ばかりになったのでそこは飛ばしました。現在でも日本の芸能界は映画人としての三船敏郎さんを正当に評価していないはずです。《世界のミフネ》とは「日本人よりも海外の人の方が三船さんを評価してますよ!暖かい目で見てますよ!」という意味だと私は思っております。
今回はもうすぐ生誕99年を迎える映画俳優の三船敏郎さんを取り上げました。
天野 俊哉
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