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Vol.1403 ドロシー・マローン追悼〜ハリウッドの美人女優
 1950年代のハリウッド映画で活躍した大きな瞳が魅力的な美人女優ドロシー・マローンが亡くなりました。

 ドロシーは、私が大好きだった人気コメディ・チーム、ディーン・マーティン&ジェリー・ルイスの主演作品『底抜けびっくり仰天』と『画家とモデル』のヒロインをつとめた女優さんなので子供の頃から良く知っています。『底抜けびっくり仰天』では、ナイトクラブを牛耳るボスの女を色っぽく演じました。子供の頃そんなの観てたなんて!悪い子供デスネ。
 クラブの2枚目歌手ディーン・マーティンを誘惑する場面
「ねえ、二人きりになれるいい場所知ってるのん」
とドロシー。
「それって何処?」
とディーン。
「電話ボックスのなか」
とドロシー。
「小銭たくさん用意してかなきゃ」
とディーン。
 これがドロシーとの出会いでした。
 ルックスのせいで何となくそんな役柄が多いのはY'sの誰かに似ています。

 1940年代前半のデビュー当時、ミュージカル『芸人ホテル』のオープニング・ナンバーにチラッと出てくる電話オペレーターの脇役とか、コール・ポーターの伝記映画『夜も昼も』での主人公のいとこ役とか、『三つ数えろ』で探偵ハンフリー・ボガートがたずねる本屋のメガネをかけた娘とかパッとしない役柄ばかりで、ヒロインまでの道のりは長かった!
 1950年代になり、それまで封印していたお色気を全面に出してからチャンスが廻り、マーティン&ルイス映画でのギャングの女役、西部劇のヒロイン等を経て、やがてダグラス・サーク監督の『風と共に散る』なんて間抜けなタイトルの作品でアカデミー助演女優賞を受賞しました。コツコツと地道に頑張ったんですねドロシーは。ただし、アカデミー賞を受賞したのが30歳という遅咲き、さらにはハリウッドのスタジオ・システムの崩壊で、映画で女優としてはその後作品に恵まれませんでした。

 私が盛んにドロシーの映画を観ていた1975年頃、テレビの深夜劇場で放送されていたのが『ペイトン・プレイス物語』というアメリカのテレビシリーズ。それより10年前に製作された作品でしたが、ドロシーがレギュラー出演していたので毎晩観てました。エド・ネルソンとか、映画デビュー前のライアン・オニールとかミア・ファローとかブラウン管のスターだらけの中で、ハリウッド映画出身のドロシーだけが一人キラキラしていました。ある意味、このテレビシリーズが彼女の代表作だったのかも知れません。

 ドロシー・マローンのご冥福をお祈りいたします。

天野 俊哉


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