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Vol.1329 生誕100年バディ・リッチ〜タップ・ダンサーからビッグ・バンドのドラマーへ
 ビッグ・バンド全盛時代の1930年代から、1950年代のモダン・ジャズ時代を経て、1980年代に至るまでの半世紀にも渡りアメリカを代表するジャズ・ドラマーだったバディ・リッチがこの9月に生誕100年を迎えます。

 両親がヴォードビリアンだった事から、バディのスタートは何とタップ・ダンサー。ドラムのスティックを持つよりもタップ・シューズを履くことの方が早かったそうな。
 バディが亡くなった1986年頃、六本木のWAVEで見つけたバディのレコードには、彼が12才の時に映画で踊ったというタップ・ダンスのサウンドが収録されていました。そのレコードがあまりに高価で買えませんでしたが、つい最近YouTubeで初めて視聴しました。また、YouTubeではバディがタップ界の大御所スティーブ・コンドスや名振付師ルイ・デュプロンとデュエットする1940年代の貴重な映像も観ることが出来ます。

 20代でバニー・ベリガン楽団、アーティ・ショウ楽団のドラマーになったバディですが、その才能が開花したのが1940年にトミー・ドーシー楽団に移籍してからです。全米ナンバーワンの人気楽団だった事から、今でもレコード録音、ラジオ放送録音から映画までが沢山残されています。
 当時のドーシー楽団の演奏構成は、バラード曲とスイング曲が半々で、ドラマーが活躍する場面が決して多くはありませんでしたが、意外にもバディは5年近く在団しました。
 ドーシー楽団がハリウッドに招かれて出演した映画のうち、エレノア・パウエル主演の『Ship Ahoy』には、“Hawaiian War Chant”“I'll Take Tallulah”が。
 ジーン・ケリー主演の『デュバリーは貴婦人』には、“Well Get It”“Katie Went to Haiti”等の素晴らしい演奏場面が残されています。笑えるのは、ジーン・ケリーが踊る“Do l Love You”のナンバーで、バックで演奏するドーシー楽団の中で、何故かバディの姿だけが存在せず、ドラムセットだけがポツンと置かれているという前代未聞の大NG場面があります。

 1946年以降、バディ自身のビッグ・バンドを結成しますが、モダン・ジャズ時代を迎えソロ・ドラマーとして荒波を生き延びます。どちらかと言えばアンチ・スイング・ジャズのプレイヤーであるディジー・ガレスピーやチャーリー・パーカーらと対等にジョイント出来たのはお見事!
 1964年、バディはハリー・ジェームズ楽団の一員として来日、その演奏がテレビで放送され、現在でもDVD映像で綺麗な状態で残されているのは嬉しい事です。その後も亡くなる直前まで自身のビッグ・バンドで活動しました。エリック・ミヤシロさんという凄い日本人トランペッターがバディ・リッチ楽団に在籍し活躍した事もあります。

 私はいかにも生意気そうなルックスのバディ・リッチのドラム演奏が大好きなのですが、少し先輩でベニー・グッドマンのコンボ演奏や楽団で活躍したドラマーのジーン・クルーパと比べると、バディ・リッチはやはりビッグ・バンドでのプレイが最高に栄えていた様に思えます。
 興味のある方は是非バディ・リッチのYouTube映像をご覧になってみて下さいね。

天野 俊哉



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